野球食 Food for Baseball Players
本ページはベースボールマガジン社発行
海老久美子著「野球食」から抜粋した内容を掲載しています。
【8回表1/4】  かわいい子には旅をさせよ。 野球選手の親の心得

■お母さんからの質問

いろんな講習会で話をさせてもらうが、最後に質問をお願いしても、お母さんたちからはなかなか手が挙がらない場合が多い。

中にはこれでもかっていうくらい、いろいろ質問してくれるうれしいところもあるけれど、みんなの前で話してくれるお母さんは少ない気がする。

その一方で、講習会終了後、個人的に質問をくれるお母さんはとっても多い。

中には、私の話し足りなかったところを補ってくれる、ツボを押さえた質問もいっぱいあって「あ〜みんなの前で聞いてほしかった」 って思うけれど、お母さんいわく「目立つと息子に嫌がられるので」とのこと。

この個人的質問のほとんどは「かわいそうな我が息子」への心配だ。

「うちの子は食が細くて、たくさん食べられないんです。無理して食べている姿を見ると不憫で」

「好き嫌いが多いので、それらをわからないようにいろいろ工夫して料理するんですけど、すぐにバレちゃって、食べてくれなくなるんです。だから結局好きなものばかりになっちゃって」

「帰ってくるのが遅くて、朝も早くから練習で、何を出しても疲れて食べられないみたいで。工夫して食べさせようとするんですけど、疲れている姿を見るとなんだかかわいそうになって」

「お弁当を嫌がるんです。みっともないって。外で買うからお金をくれればいいって。あんなに毎日いっぱい練習しているんだから、買ったものだけじゃ足りないと思って作るんですけど、持っていかないんです」
などなど。

選手にとってとてもありがたい話。
もったいないくらいありがたい話だ。ここまで読んでいる選手諸君、お母さんはこんなに悩み、がんばっているんだよ。

でも、食卓であまりにもお母さんが主役になりすぎると、選手は自分で何にもしなくなる。
これでは選手はいつまでも巣の中でアーンって口を開けて餌を入れてくれるのを待っているひな鳥と同じ。

そういえば、食卓では茶碗より重いものを持ったことがないっていう選手、多いんじゃないだろうか? おかずも適当に取り分けられている。だから、ひな鳥と同じで、自分が食べているものをよく見ていない選手が多い。見ていないから、自分で興味がわかないから、食欲が出ない選手が多いのだ。



【8回表2/4】  かわいい子には旅をさせよ。 野球選手の親の心得

■野球選手として−皮むけるか?

いつだったか、あるチームに「自分でむいて食べられる果物は?」と聞いたら、「バナナ」しか答えなかった選手が結構いた。「みかんは?」と聞くと、彼らの答えは 「むいてくれたら食べる」だった。

この手の「果物はむいてあるもの」を当然と思っている選手は意外と多い

シドニーオリンピックの選手村でも、外国の選手は丸ごとのりんごをかじったり、大きなスイカを切ってくれるようにオーダーするのが当たり前だったけど、日本の選手でそんなことをする選手は見なかった。
みんな、切られて置いてある果物を取るのがせいぜい。

野球チームが泊まったシドニーのホテルでは、同じカットフルーツでも、一口大に切ってあり、スプーンですくえるようなものはなくなり方が早いけど、皮がついているものはかなり残っていた。

高校生の問でも、「疲労回復にクエン酸がいい、だから柑橘類を食べよう」ということはずいぶん知れわたるようになった。でも、オレンジやはっさく、グレープフルーツを丸ごと目にしても、自分でなんとかして食べょうとする選手ははとんどいない。

「食べないの〜って聞くと、「むけない」って答える。あんなに毎日体を鍛えているのに、だ。「むけない」じゃない。「むこうとしていない」だけなのだ。

果物ぐらいむけなくて、野球選手として一皮むけるわけがない。ペットや家畜じゃ戦えない
恵まれすぎた環境は工夫を生まない。緊張感もなくなる。

動物の世界で何もしないで餌をもらえるのは、赤ちゃんかペットや家畜だけだろう。赤ちゃんやペットや家畜では戦えない。
一人前になることを「自分で食う」といういい方をする。この言葉通り、食うのは自分でやらなきやダメなのだ。

だから、選手にとって最高のサポーターであるお母さんは食事においてもそうあってほしいけれど、主役はあくまで選手。心配のあまり先回りしすぎると、選手はなかなか自立しない。下手をすれば一生自立しないままになるのだ。

高校を卒業して、大学や社会人やプロでも野球を続けたとしたら、食の領域はほとんど結婚した場合も含めて自分以外の人の手に委ねられたままとなる。野球をするためにはもちろん、生きるために必要なことをここまで無防備にしていいわけがない。

だから、お母さんは、選手から「よろしくお願いします」という意思表示があったら、胸をたたいて全面協力してあげてはしい。頼まれないうちは何もしない。
うまく誘導しっつもじっと我慢。つらいかもしれないけれど。

だから、弁当を持っていかなければ、次の日からは弁当もお金も渡さない。
前の日に弁当箱が出ていなければ次の日は作らない。
嫌いなものでも、食べにくいものでもたまには出す。
どんなものが必要なのか、選手からいってくるように促す。
自分に必要な量のごはんをよそうのは選手に任せる。
果物はむかないで丸ごと出すなど、かえって面倒くさいかもしれないけれど、選手の自立を促しながら、食卓に選手を巻き込む必要があるのだ。

これも立派なトレーニング。そしてこのトレーニングのコーチは、お母さんにしかできないことだ。



【8回表3/4】  かわいい子には旅をさせよ。 野球選手の親の心得

■必要な食事を自分で考え、作る調理実習

 私は、指導先のチームにできる限り調理実習を取り入れている。
自分に必要な食事を自分で考え、作り、食べて、実際にそのあと練習をして、自分の体がどうなのか? を体感する実習だ。

今、高校では男子生徒も家庭科が必修になっている。でも、やらされている調理実習がほとんどのようで、自分で考えて作ることまではしたことがない選手が多い。

初めて実施する時は、自分の食べたいものを、自分たちの調理技術も考えず目いっぱい作ろうとする。そして挫折する。

ある選手は、日頃の親の苦労をちょっとだけ理解する。
「卵焼きが焼けるお母さんってすごい!」。卵焼きひとつでこれだ。

ある選手はゾウリのようなトンカツでカツ丼を作り、その後の練習中に気持ち悪くなり吐いた。
「運動前に脂っこいものを食べすぎるとよくないってことが、初めてわかった」。
当たり前のことだけど、自分の身に降りかかってみないとわからない。


これらは貴重な体験だと思う。ついつい先回りして、「あれダメ。これダメ。それ食べて」といってしまいがちだけれど、成功も失敗もとにかく体感してみることで、彼らの理解力は数段アップする。食べることを自分自身の問題として真剣に考えるようになる。

それが証拠に、次回また同じ実習をすると、いい意味で手抜きをして調理の効率がよくなり、脂っこい料理の量は減る。彼らなりの工夫が感じられるのだ。

元来、アスリートは五感に優れている。頭だけで栄養のことを考えるより、調理で体を動かし、触覚、視覚、臭覚、聴覚、味覚の五感すべてを働かせたはうが、理解が早いのは当然のことかもしれない。

一回実習をしたところで、すぐに家で台所に立つようになるとは思えないけれど、自分の食事を自分で真剣に考えるきっかけになればと思い、ずっと各チームで実施している。

炊き出しなどで、お母さんが集まって選手の食事を作る時、一度選手も参加せてみてほしい。彼らの意外な面を発見できること間違いなしだ。




【8回表4/4】  かわいい子には旅をさせよ。 野球選手の親の心得

父母へ ■「喜ばれる、困らせる差し入れ」

合宿や試合の遠征時の差し入れ。
まず困るのは「生もの」。肉や刺身といったその土地の名物をもらうのはありがたいことなのだけれど、食事はすでに用意されている。
試合後はいいが試合前は避けたい。また、ケーキのような生菓子もその場ですぐ食へられないと、変質が気になり困ることが多い。
それならばカップ入りのゼリーやフリン、冷凍庫のあるところならばアイスクリームのほうが保存が利くのでありがたい。

また、試合会場での差し入れは、その管理やゴミの処理についてまで気を配りたい。小さなクーラーボックスに氷と一緒にゼリーが入っていたり、使い捨てのおしぽりやゴミ袋が一緒に入れてあるとスムーズに食べられ、周りにもきちんとしているチームだという印象を与えられる。

指導者へ ■「実習のススメ」

調理実習となると学校の協力が必要になり、できないチームも多いかもしれないが、もっと手近なところからもはじめられる。
例えば、お弁当を持ち寄って、そのグラムを計ってみる。必要な量の昼食が取れているのかを確かめる「お弁当実習」だ。

また、選手がよく便うコンビニに補食を買いに行って、その内容をみんなでデイスカッションする「補食実習」。

ごはんだけいっぱい炊いて自分でおにぎりを作り、その量を計る。一食に必要なごはんの量は自分のおにぎり何個分に相当するのかを実感する「おにぎり実習」。

試合の日のスケジュールを想定して、各自朝から試合後までいつ何をどれだけ食べるかを書き出して検討する「本番対策実習」。
いろんな手を使って選手の食に対する五感を刺激しよう。



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