野球食 Food for Baseball Players
本ページはベースボールマガジン社発行
海老久美子著「野球食」から抜粋した内容を掲載しています。
Inning Break8  調理実習は、自分の体と食べ物の関係を考える絶好の機会なのだ。

「うちの息子は包丁を持たせるために野球をやらせてるわけじゃない」。調理実習をするといった時、ある選手のお父さんにこういわれた。当初は親からこういう反発も結構あった。それでも続けてきた「調理実習」。その深い意味を知ってほしい。

 実習は、作る料理のテーマを決めるところからはじまる。初回は 「放課後練習のある日のお弁当」 が多い。本文に書いた通り、昼食は持参を原則としたいのと、選手におにぎりを作らせたいからだ。そして班を作りリーダーを決め、記入シートに従って必要な食品とその料理を考える。

 それまで料理なんて考えもしなかった選手がほとんど。みんなあわててお母さんに聞くらしく、あるお母さんには「おかげで息子と何カ月ぶりに詰らしい話をしました」と感謝された。だからだろうか、実習当日に父母が見学に来てくれるチームが多い。

 さて、書き上がったシートは私の手元に届く。これは笑える。例えば、「筑前煮」 らしき料理に 「つくしに」。漢字の勉強もしようね。「豚カツ」 って書きながら材料に豚肉がない。メインを忘れてどうするの。見ているだけでおかしさと不安でお腹いっぱいになる。これを栄養分析し内容を確認。でも結果は当日まで伏せておく。実習では選手がいいと思ったものをそのまま作るのだ。

 当日は全員エプロン着用。ごつい体にキャラクターエプロンをつけてウケを狙う選手もいる。キャプテンが終了予定時間を決定して実習スタートだ。すぐに作業を開始する選手もいれば、ぼーっとたたずむ選手もいる。どのチームの監督も 「選手の新しい一面を見られておもしろい」 といってくるのが、私にとってはおもしろい。
野球も料理もリズムが大事。リズムに乗れない選手はかやの外になってしまう。リズムに乗れているメンバーが多い班は手際がよく進みが早い。リズムを作るのは各班のリーダー。だからたいていどのチームでもキャプテンのいる班は早くできあがる。

また、調理中はハプニングがいろいろ起こる。米を計量しないで洗って水加減がわからなくなったり、肉じゃがに入れるしらたきを袋の水ごと入れそうになったり…。中には、恐る恐る「これ、なあに?」と聞きたくなるものもできあがってくる。スリルとサスペンスに満ちながら、終了時間が近づいてくる。

 そろそろ、おいしそうなにおいもしてきた時、選手の気持ちにふっとスキができる。さっさと仕上げれば時間内にできあがるのに、最後でぐずぐずして「残り5分」のコールに大あわて。これを私は「ツメの甘さ」と呼んでいる。

これはあくまで強くなるための実習。楽しくやってほしいけど、ルールは厳守。けじめはつけなくちゃね。

 そして調理終了。班ごとにできあがった料理についての解説とPR、感想を発表。「生のかぼちゃが固いのを知らなかった」とか「おすすめはこの香ばしく真っ黒に焦げたハンバーグです」など、各フレーズに食べ物と格闘したあとがうかがえる。この時、栄養分析の結果も伝える。初回の実習では肉と油が多いのが目立つ。でも2回目以降は野菜や魚が多くなる。これも実習の成果のひとつ。

 そのあとは試食。監督、スタッフ、父母も試食し、今向の優勝料理を決めるため投票してもらう。中には「あ、監督、この卵焼き食べてください。おいしいでしょ? うちの子が作ったんです」という反則ぎりぎりの売り込みをかけるお母さんもいる。後片づけが終われば、投票結果の発表。何がよかったのかをみんなで検討して終了となる。

 でも体の実習はこれから。食べたあとの練習で体調を確認する。脂っこいものを食べすぎれば消化に時間がかかるから気持ち悪くなる。食べる量が少なければ途中でガクッとおなかがすく。食べられる体力の確認でもあるのだ。ここまでが実習ってことも忘れないでね。


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