野球食 Food for Baseball Players
本ページはベースボールマガジン社発行
海老久美子著「野球食」から抜粋した内容を掲載しています。
Inning Break7  目は口はどにモノをいうとは本当のことなのだ。

一時期かなりの類度で出向いていた高校が富山県にある。いろんな選手の思い出があるのだが、特に眼光の鋭い印象的な選手が2人いた。
一人は陸上部で跳躍をしていたY君。全体セミナーの時から何かいいたげな顔でこつちをじっと見つめていた。

話が終わると、なんだかんだ冗談めかして寄ってきて、いろんなことを話してくる。
自分の今の環境、めざしているもの、今の体調…。周りが気になるから、決して真面目なふりしては聞いてこないけど、目は真剣。あぁ、彼は相当本気で競技をやっているんだろうなって感じさせる目だ。

 あとで監督に聞いたところ 「彼は1年生ですが、有望な選手で取り組み方も神経質なくらい真面目。今まで栄養の話なんて聞いたことがなかったから、興味深かったと思います」 とのことだった。

 私のセミナーの中で、彼が一番印象に残ったのは 「お母さんへの感謝」 についての話だったという。それまで当たり前に何にも考えずに食べていたお母さんの作る食事が、どんなに自分のために大切なものだったかを思い知ったという。だから、彼の話には彼のお母さんのことがよく出てきた。時にはお母さんお手製の笹寿司や煮物を彼から分けてもらうこともあった。

 跳躍という競技は、スタートする瞬間、自分の体と気持ちをどこまで高められるかで勝負が決まる。スタート直前に周りに手拍子を求めている選手の姿を見てもよくわかる。それを知っている彼は、ふだんから自分のコンディションを高めるためのものは積極的に利用していた。トレーニング、食事、監督、家族、そして私もそのひとつだ。

 だから私が他の選手と話していることにもしっかり耳を傾けていて、必ずあとでそれについて聞いてくる。このように積極的に情報を集め、自分を追い込み高めていくことについては、確かに彼はすばらしいものを持っていた。でも、逆に情報や体調に関しては神経質すぎる面があり、それを表に出さないようにまた神経を使うため、見ていて痛々しい時もあった。

そんな試練を乗りきり、3年生の時には全国大会に出場するまでの選手になった。
卒業前に後輩に一言をと頼むと「僕が一番感謝しているのは、毎日2食分の弁当を作ってくれた母ちゃんです。そんな特別なもんじゃなかったけど、どんな時でも毎日必ず作ってくれた。それを食べ続けたからこの体ができたし、全国大会にも行けた。みんなも弁当を作ってくれる母ちゃんに感謝してしっかり食べてほしいと思う」と語った。彼のお母さんが聞いていたら涙もののセリフだろう。

 そして、むう一人は野球部のK君。彼の眼差しも忘れられない。
彼は前出のY君とは対照的にほとんどものをいわない。質問はと聞いても、ないという。その寡黙さと風貌から大仏をイメージさせる選手だった。が、数カ月後、決して器用ではなかった体に変化が現れた。丸い感じの体がゴツゴツしてきた。体幹部がしっかりして、動きにもぶれがなくなった。
「K君、変わったね」と声をかけると相変わらず無言だったが、ニャっと笑った顔が大人びて見えた。

 あとでお母さんから聞いてわかったことだが、彼は「これをやったはうがいい」「これだけは食べよう」といわれて自分で納得したことは、たとえ何があっても必ず実行し続けたらしい。お母さんいわく「もう、風邪をひいて熟が出て、食欲もあるわけないのに、それでも黙々と食べ続けるんです。あそこまで無理してもいいものなのでしょうか?」。

「K君。食事は自分の体と相談しなきゃ。内臓だって休みたい時あるよ」というと、K君はボソッと
「決めたことはやり遂げたいから」といった。
強いなぁ。でももう少し余裕を持たないと長くは続かないよ。うん、でもK君は確実に進化している。
 いろんなタイプはいるけれど、何かをやり遂げる選手は目に輝きがある。



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