野球食 Food for Baseball Players
本ページはベースボールマガジン社発行
海老久美子著「野球食」から抜粋した内容を掲載しています。
Inning Break2  監督が選手に伝え、その選手が監督となりチームカラーは生まれるのだ

岐阜県のこの高校に初めて出向いたのは、S君が2年生の時だった。このチームの食事の状況を把握するためにモニターになってもらった選手がS君だった。その時の彼の食事内容を一言でいえば「並」。一般高校生としてはよく食ベられているけれど、このチームの練習量から考えればまだまだ足りない。

S君の現状を詳しく数値で表し、野球をするにはどれだけの食事が必要かについて、チームに理解をしてもらった。

それからこのチームには年に数回継続的に出向いた。父母を含めてのセミナー、調理実個人栄養分析など、かなり密度の濃い栄養指導を繰り返した。チームを率いる監督が国語教諭であることもどこかで影響しているのかもしれないが、このチームの選手はみんな「メモ魔」だった。

制服の時もユニフォームの時も、常に小さなメモをポケットに入れていて、こちらが何か話すとグッと寄ってきてメモする。はた目には私は取材陣に囲まれた有名人に見えたかもしれない。
自分の言葉で書きとめることで疑問もいろいろ生まれてくるらしく、質問の数も半端じゃない。それもとっても具体的な質問が多くて、私もいろいろ話してあげたくなっちゃうので、一人一人に対応していると、時間が結構かかる。

指導に行くのは朝からなのだが、帰るのはいつも最終に近い新幹線になった。監督は恐縮していたけれど、私は楽しくて仕方がなかった。
そのうえ、毎回の指導後には必ずその時の感想と、しきれなかった質問などをそれぞれの選手が鉛筆で書いたわら半紙が束で郵送されてくる。

 この一枚一枚を読むのも私の楽しみだった。私が予期していなかったところに感銘して
くれていたり、こちらの意図をうまくフォローしてくれるような質問があったり、彼ららしいとてもおもしろい表現があったりして、いつも何度も読み返していた。

 いろいろな高校野球部に出向いたが、ここまで筆まめなチームはなかった。そして、この筆まめな習慣は監督が転任するまで続き、その監督の転任先のチームの選手たちも前校と同じようにみんな筆まめになった。やっぱり指導者
の影響というのはすごいなぁと改めて感心してしまった。

 さて、前出のS君は高校卒業後、大学を経て母校に戻ってきた。そして現在は母校の野球部の監督も務めている。うれしいことに監督に就任してすぐ彼から私に連絡が入り、久しぶりにこの高校に出向いた。

 S君、いやS監督は、私を選手に紹介し「オレも選手の時、海老さんの話を聞いて食ってきた。最初はごはんをたくさん食べられなくて苦労したけど、好きなふりかけを見つけたり、お茶漬けにしたり、自分なりにいろいろ工夫して、少しずつ量を増やした。そうしたら体がデカくなってきた。練習も楽にできるようになった。食うことってすごいんだなーって感動した。だからみんなにも、少しでも早く海老さんの話を聞かせて食事の大事さを理解してほしいと思ったんだ」 といった。

 選手たちが私を見る目つきが変わった。私があれこれいう前に、監督自身の体験談は選手たちにとって最高のモチベーションになったのだ。彼のおかげで私はとてもスムーズに話に入ることができた。では、と話しはじめた時、S監督と選手がそれぞれのポケットからサッとメモを取り出し身構えた。あ、メモ魔だ、と思った瞬間、背筋がゾクツとするほどうれしくなった。


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